大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所宮崎支部 昭和52年(う)39号 判決

主文

原判決中被告人に関する部分を破棄する。

被告人を懲役四月に処する。

この裁判確定の日から二年間右の刑の執行を猶予する。

原審および当審の訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

控訴の趣意は、検察官高塚英明の控訴趣意書および検察官伊津野政弘の弁論要旨と題する書面(公務執行妨害に関する部分)ならびに弁護人亀田徳一郎の控訴趣意書および弁論要旨と題する書面(傷害に関する部分)のとおりであり、検察官の控訴趣意に対する答弁は同弁護人の意見書および弁論要旨と題する書面(傷害に関する部分を除く)のとおりであり、弁護人の控訴趣意に対する答弁は検察官伊津野政弘の弁論要旨と題する書面(公務執行妨害に関する部分を除く)のとおりである。

(一)  検察官の公務執行妨害の訴因に関する事実誤認ないし法令の解釈・適用の誤りの所論、すなわち、新大隅開発計画試案に対して出されていた地元住民や反対期成同盟の反対陳情案について、上園議員が、原判示特別委員会委員長代理として右陳情案に対する審議経過を報告した直後、被告人をふくむ反対期成同盟員らから暴行を受けたのであるが、そのさい同議員は特別委員会委員長代理としての職務を執行中であり、すくなくとも、職務の執行と密接不可分の実状にあったのであって、その公務の執行が妨害されたことは明らかであるから、原判決には事実の誤認ないしは刑法九五条一項の解釈・適用の誤りがあるという主張について。

弁護人の事実誤認の所論、すなわち、被告人は上園議員に暴行を加えたことも、その共謀をしたこともないから、原判決には誤認があるという主張について。

結論をさきにいうと、原審で取り調べた証拠(なお、宮地栄、北園京、下伊倉肇、横川典祥、瀬戸上義弘、寺園昇、原口正雄、高崎広美、岩下達郎、江口熊則の検察官に対する各供述中原審での各供述と反する部分については、同人らはいずれも東串良町の町議会議員または同町役場職員であって、原審では多数の傍聴人を前にして被告人の当時の行動について詳細に供述しがたい状況にあったことがうかがわれるから、同人らの検察官に対する各供述その任意性に疑を容れる事情はないがより信用すべき状況のもとにされたものということができる)によれば公務執行妨害の訴因を優に認めることができる。検察官の論旨は理由がある。また、原判示傷害の事実を十分認めることができ、弁護人の所論にかんがみ記録を精査し、証拠物を検討しても、所論にいう誤りはない。弁護人の論旨は理由がない。

まず、本件にいたる経緯は、原判決において、「本件犯行に至る経緯」と題して、昭和四六年一二月における鹿児島県による新大隅開発計画試案の発表、柏原地区石油コンビナート絶対反対期成同盟(単に反対同盟という)の結成(実行委員長被告人)、四七年一月における東串良町(単に町という)議会に対する反対陳情案の提出、同町における大隅開発対策特別委員会(議員全員で構成。委員長堀口一人、副委員長上園政夫)の設置、同年六月二八日二九日における特別委員会の審議の状況、同年九月二六日における町議会の状況、とくに反対同盟員らによる反対陳情案件を議事日程に追加することの要求、その折衝、特別委員会委員長の中間報告を議題とする旨の決定などを説示しているが、おおむねそれと同一である。ただ、付加するに、六月二八日は町の定例議会の日であったところ、開会前から被告人をふくむ反対同盟員、支援労組員らが反対陳情案の採択を強く要求し、職場は騒然となった。新大隅開発についての調査・研究がまだ十分でなかったことなどのため、当日特別委員会を開催する予定はなかったが、議会が開けない実情にあったので、午後八時ころやむなく議場で堀口一人を委員長として特別委員会が開催された。午後九時三〇分ころ、採決方法として、委員長において反対陳情案件継続審議に賛成する者の挙手を求めたところ、出席委員一四名のうち、一名が挙手して起立し、一一名が起立し、二名が着席のままであった。そのさい、委員長は採決は起立の方法によるべきであることに気付き、ただちに採決のやりなおしを宣言するとともに、継続審議賛成の者の起立を求めたところ、起立一二名、着席二名であったので、特別委員会としては継続審議に決定した旨宣告し、閉会を宣した。この瞬間、委員会を傍聴していた被告人をふくむ反対同盟員、支援労組員らは議場に乱入し、継続審議の採決は一事不再理に反するからのちの採決は無効である旨(採決のやりなおしじたいを非難すべき合理的根拠はない)強調するとともに、反対陳情案件が採択されたことを認めよなどと要求した末、堀口委員長に対し反対陳情案採択決定の趣旨を記載したメモを渡してその朗読を強要した。翌二九日午前四時ころになって、病弱のため疲労こんぱいしていた委員長は、すでに閉会を宣したから読んでも無効である旨断わりながらも、そのメモを読み上げざるをえなかった。このことが口実とされ、原因となって本件にまで発展するにいたったのである。

昭和四七年九月二六日は定例の第三回町議会開催の日であったが、本会議における反対陳情案件の採択を要求する反対同盟員、支援労組員ら二〇〇名ないし三〇〇名が議場周辺に集まり、被告人がマイクで、特別委員会委員長において本会議で委員会では反対陳情案件を採択した旨を報告すべきであるなどと強調するとともに、住民の意思を無視する議会は議会でないなどと叫び、他の者がこれに呼応して、騒然としていた。反対陳情案件は当日の議事日程にははいっていなかった。午前一〇時ころ被告人ら約三〇名が傍聴席にはいり、他の者は階段、議場前などにいる状況のもとに、宮地栄議長が開会を宣したが、反対陳情案件が議題となっていないことを知った被告人ら反対同盟員、支援労組員十数名がなぜ取り上げないかなどと叫びながら議場に乱入し、議長に詰めよったり、取り囲んだりして喧騒をきわめた。かくて、午前一〇時三〇分ころ、議長は延会を宣した。その後、議員や町長など執行部の職員が議場外への退出を拒まれた状態で、特別委員会副委員長である上園議員にくってかかったり、議長に委員会で採択したといえなどと詰めよったりし、機動隊がきたといっては、このことを激しく非難するとともに、議場入口にバリケードを築くというようなこともあった。午後五時ころ、宮地議長は頭を打って退出した。他方、議員、執行部で収拾策を検討して、補正予算案などの審議を進めるためにも反対陳情案を議題に追加するほかないということになり、午後九時三〇分ころ、本会議で議決するには会議規則(三七条、七二条)上特別委員会の報告書の提出のあることが必要とされているため、委員長による中間報告という形で上程するのが相当という結論になった。そして、ようやく議会再開の運びとなり、宮地議長に代って、副議長横川典祥が、静かにするよう注意しながら議長席につき、午後一〇時一〇分ころ再会を宣して、数個の案件が審議されたのち、はかって特別委員会委員長による中間報告を議題として追加することにしたうえ、午後一〇時二〇分ころ、委負長堀口一人が病欠のため、副委員長上園政夫を指名して委員長代理として特別委員会の審議の中間報告をするよう求めた。そのころ、被告人は傍聴席の反対同盟員らに対し「上園議員が継続審議といったら議場に突っこめ。責任はおれがとる」などと気声をあげ、他の者がこれに呼応していた。上園政夫議員は、右の指名にもとづいて議長席前の演台に立ち、「委員長代理として中間報告を申し上げます。特別委員会といたしましては継続審議と決定いたしておりますので、以上ご報告申し上げます」と最後までいうかいい終らないうちに、被告人が先頭にたち、傍聴席などにいた反対同盟員、支援労組員約三〇名とともに、憤激して抗議の声をあげながら議場になだれこみ、演台にいた上園議員を取り囲んで、口々に「継続審議とはなにごとか」「なぜうそをいうか」「馬鹿野郎」「死ね」などと罵声をあびせながら、原判示のとおり同人に暴行を加えて全治約一ヵ月半を要する全身打撲の傷害を負わせたのである。以上に反する被告人の供述部分は措信しがたい。

ところで、上園議員が取り囲まれ、罵声をあびせられながら、暴行を加えられはじめたときは、報告が終るか終らないかの時点で、まだ演台にいたのであり、場合によっては、他の議員が報告に関連して質問をしたり、これに対する説明のされたりすることも予想される状況にあったのである。もちろん、議長の閉会宣言はまだされていなかった。このような次第で、当時上園議員の特別委員会委員長代理としての委員会における審議の状況を中間報告する職務の執行は完全に終了していたとは到底考えられず、むしろそれは職務の執行中であったとみるのが相当である。反対陳情案についてこれを支持する地区住民大半の署名があったとしても、特別委員会は新大隅開発に関連して調査・研究を進め、反対陳情案を審議していたのであって、ことさらにその職責を懈怠していた事情はなんらうかがわれない。そして、上園議員は町議会で正当に委員会における審議の中間報告を求められたのである。同議員の職務行為の適法性に疑いのないことはいうまでもない。しからば、被告人の同議員に対する他の者らと共同しての前示言動は、その公務の執行を妨害したものというべきである。したがって、これに反して上園議員の職務行為は終了していたとして公務執行妨害罪の成立を否定した原判決には、事実の誤認をしたか法令の解釈・適用を誤ったかの違法があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

ついで、特別委員会における審議のときの状況、当日の町議会における傍聴席や議場での言動などからみれば、被告人において他の者らと上園議員に対して暴行を加える意思を相通じていたことは明らかであるというべきである。むしろ、押収の鹿児島新報新聞の写真(一見しただけで、被害者を暴行から救助しようとするときのものなどとは到底考えられない)や上園政夫などの供述に徴すれば、被告人みずからも上園に対する暴行に及んでいることがうかがわれる(これに反する供述は措信できない)。原判示傷害の認定には誤りがない。

(二)  破棄・自判

そこで、被告人による公務執行妨害と傷害は一個の行為で二個の罪名に触れるものとして起訴されていると考えられるから、刑訴法三九七条、三八〇条、三八二条により原判決中被告人に関する部分の全部を破棄し、同法四〇〇条但書に従いさらにつぎのとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、鹿児島県肝属郡東串良町柏原地区住民らで構成する柏原地区石油コンビナート絶対反対期成同盟(単に反対同盟という)の実行委員長の地位にあり、かねてから、同町町議会に対して、志布志湾の埋立て、建設計画中の石油コンビナート等の誘致反対の陳情を行ってきたところ、昭和四七年九月二六日開催された同町議会第三回定例議会において、右の反対陳情案件を採択するよう要求するため、多数の反対同盟員や支援労組員とともに、同町川西一、五〇五番地の同町議会議事堂などにつめかけ、同日午後一〇時二〇分ころ、同議場内において、同町議会議員で同町の大隅開発対策特別委員会副委員長である上園政夫が議長に代った副議長横川典祥から委員長代理として指名のうえ委員会における反対陳情案に関する審議の状況の中間報告を求められて、議長席前の演台に立ち、「委員長代理として中間報告を申し上げます。特別委員会といたしましては継続審議と決定いたしておりますので、以上ご報告申し上げます」と発言するや否や、約三〇名の反対同盟員や支援労組員と共謀のうえ、ともに議場内になだれ込み、演台上の上園議員を取り囲んで、口々に「継続審議とはなにごとか」「馬鹿野郎」「死ね」などと叫びながら、同議員に対し突いたり、押したり、蹴ったり、腕を引っ張ったりするなどの暴行を加えて、同議員の特別委員会委員長代理としての委員会における反対陳情案件審議の中間報告の職務の執行を妨害するとともに、同人に対し全治約一ヵ月半を要する全身打撲の傷害を負わせた(もっとも、傷害の点は原判決の確定するところである)。

(証拠の標目)《省略》

(法令の適用)

1  罰条

傷害の所為

刑法六〇条、二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号

公務執行妨害の所為

刑法六〇条、九五条一項

2  傷害と公務執行妨害の科刑上一罪の処理

刑法五四条一項前段、一〇条(重い傷害罪の刑で処断することとし、懲役刑選択)

3  量刑事情

人には多種・多様の意見や見解があり、筋道をふみ進んでこれを表明して、相互の理解や納得を深めることは重要なことではあるが、本件における被告人の言動は、民主政治の根幹をじゅうりんするものであって、その刑責は軽視しがたい。

4  刑の執行猶予

刑法二五条一項一号

5  訴訟費用の負担

刑訴法一八一条一項本文

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柏井康夫 裁判官 松信尚章 井野場明子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例